ハドソン・ベイ、最後の日

カナダの大手百貨店ハドソン・ベイが2025年6月1日、355年の歴史に幕を下ろした。同社は今年3月7日、オンタリオ州上位裁判所に企業債権者調整法の適用を申請、承認されていた。

トロントのクイーンとヤングにあるカナダ国内最大規模の売り場面積(約850,000 sq ft)を誇る店舗も今日、清算セールを終了。

しかし、すでにほとんどの商品はなくなっており、店内に置かれているのは家具やディスプレイ類、マネキンなど。これらも売りに出されており、マネキンをかついでいく人の姿も。

ハドソン・ベイは創業1670年。カナダ連邦が成立したのは1867年。カナダは今年で158周年を迎えるが、ハドソン・ベイの企業歴史は実に355年。カナダが生まれる前からずっとこの国とともにあった企業は、今日すべての店舗が閉店し、約8,000人の従業員が解雇されることになる。

カナダで暮らし始めた頃、ハドソン・ベイに出かけてはいろいろなものを買った。数年前にアイロンが壊れたとき、箱の中から購入した当時のレシートが出てきた。アイロンはハドソン・ベイで購入したものだった。印字はきれいに残っており、日付は「06/07/98」とあって驚いた。約四半世紀も働いてくれたアイロンであった。現金で支払っていて、値段は26.99ドル。これに当時の消費税15%が加算されていた。レシートを眺めていたら、地下一階の家電売り場で、さんざん悩み見抜いて購入した日のことを思い出した。

抗えない時代の趨勢なのだろうが、もうハドソン・ベイで買い物をすることはないのだと思うと寂しい。子どもの頃は、デパートは心がウキウキする特別な場所だった。素敵なディスプレイを眺めながら、いろいろな商品を手に取る。買い物した荷物を抱えて、歩き疲れたらレストランに入って好きなものを注文する。まるでご褒美のような幸せな時間だった。カナダに来てからも、同じ感覚でベイに出かけたものだ。

今、クイーンとヤング・ストリート周辺は新しい地下鉄オンタリオ・ラインの工事で一部通行止めになっていて、高い柵が林立しており、混沌とした雰囲気だ。ハドソン・ベイ前も全面封鎖で工事が進められている。地下鉄と直結したハドソン・ベイの地上出口付近の一角はホームレスのたまり場になっているようで何人もが固まって寝ていた。空っぽになった歴史的建造物のたもとで眠る帰る家のない人々の姿は、トロントの暗澹とした今を象徴しているようでもある。家に帰るため地下鉄に乗ったら、車内に暖房が入っていて、今日はとても寒い一日だったことに気づいた。